明日に架ける橋

 中学1年生の時だったか、それとも2年生だったか、はっきりといつの事だったか思い出すことはできないけれど、サイモンとガーファンクルの音楽を初めて聞いた時の感動は、今でもはっきりと思い出すことができます。
 当時の私はビートルズにどっぷりとハマっていて、初期のビートルズの曲が特にお気に入りでした。初期のビートルズの曲には、ジョンとポールのハモリにしても、中期、後期にはない独特の初々さやシンプルさがあって、まだ幼かった私にとって、とてもわかりやすく音楽の楽しさを教えてくれていたように思います。音楽への興味が芽生えた私は、親が持っていたクラッシックのLP版やら何やらを片っ端から聞いていきました。その中にサイモンとガーファンクルのレコードがありました。その時、特に気に入った曲が「Scarborough Fair」という曲でした。イントロの美しいアルペジオ、そしてポールサイモンとアートガーファンクルの奏でるメロディが複雑に絡み合うハーモニーに、ビートルズのハモリとはまた違う魅力を感じて、なんて素敵な曲なんだろうと一発で心を撃ち抜かれてしまいました。「Scarborough Fair」という曲は、ひとつのメロディを何回も繰り返す、悪く言ってしまえば単調な曲なのですが、その時はただ純粋に曲の美しさにやられてしまい、何度も何度も聞いていたのを思い出します。
 サイモンとガーファンクルには沢山の名曲やヒット曲がありますが、その中でも最大のヒットとなったのが「Bridge over troubled water(明日に架ける橋)」です。私がこの曲を初めて聞いた時は、この曲がサイモンとガーファンクルにとって最大のヒット曲であるとか、そんなことは全然知らなかったのですが、なんだか大げさな曲だし、もっさりしててあんまり好きじゃないなというのが最初の印象でした。曲の後半に入るオーケストラの音はやたらデカく、まるでビートルズのラストアルバム「Let it be」のプロデューサーであるフィルスペクターのような音作りで、うるさいなとさえ思っていました。
 しかし、その後、時が流れ、この曲の歌詞を読んでみると、やっとこの曲の素晴らしさを理解することが出来ました。

(1番の歌詞)
When you're weary
Feeling small
When tears are in your eyes
I will dry them all
I'm on your side
When times get rough
And friends just can't be found
Like a bridge over troubled water
I will lay me down
Like a bridge over troubled water
I will lay me down

君が疲れきって 心細い時
君の目から涙が溢れそうな時
僕が拭ってあげよう
もう最悪だって時
僕は君のそばにいて
友達なんか一人もいないんだって時
荒れた海のかかる橋のように
僕がこの身を横たえて
そう 荒れた海のかかる橋のように
僕がこの身を横たえて

なんて優しい歌詞でしょう!
そう思いませんか?

 高校生になると、洋楽のCDを借りたり買ったりして、それに入っている歌詞カードの日本語訳を読むようになりました。しかし、大抵の日本語訳は難解だったり意味不明なものが多く、(その時私が聞いていたジャンルがよくなかったのかもしれませんし、ただ頭が悪かっただけかもしれませんが)つまらないというか全然ピンと来るものがありませんでした。なので、洋楽の楽しみ方はメロディや音そのものなんだ、なんて思っていました。しかし、この「明日に架ける橋」の歌詞を読んだとき、とてもわかりやすく、優しくて、メロディの素晴らしさも相まって、とても好きな曲になりました。

(2番の歌詞)
When you're down and out
When you're on the street
When evening falls so hard
I will comfort you
I'll take your part
When darkness comes
And pain is all around
Like a bridge over troubled water
I will lay me down
Like a bridge over troubled water
I will lay me down

君がどうしようもなくなって
路頭に迷っている時
夜が来るのが怖くてしょうがないって時
君を慰めに行く
闇の中で 君の代わりに
辛さに囲まれた 君の代わりに
荒れた海のかかる橋のように
僕がこの身を横たえて
そう 荒れた海のかかる橋のように
僕がこの身を横たえて

 このように2番の歌詞も、献身的に相手を助けたい、励ましたいという想いに溢れています。なので、この曲はラブソングなんだと今まで思っていました。しかし、この曲についていろいろ調べてみるとその解釈も全然間違っていないのですが、もっと違う捉え方もある事を知りました。
 まずBridge over troubled water(荒れた海にかかる橋のように)という部分はポールサイモンがあるゴスペル曲をヒントに(っていうかほとんどパクって)作っています。
 彼は10代の時、ニューヨークのハーレム地区の教会で沢山のゴスペルソングと出会いました。その中でもスワン・シルバートーンズの「Oh Mary Don't You Weep」 はお気に入りで、その曲の歌詞にある「I'll be a bridge over deep water if you trust my name」(あたなが私の名において信じるなら深い海の上に架かった橋になってあげよう)
という部分にインスピレーションを受けてdeep water (深い海)をtrable water(荒れた海)に変え、「Bridge over troubled water(明日に架ける橋)」を作曲しました。曲を書いたのはポールサイモンが28歳の時、1969年。当時のアメリカ社会は、ベトナム戦争や公民権運動の指導者キング牧師の暗殺など不穏な空気に包まれ、人々は漠然とした不安や閉塞感を感じずにはいられない状況でした。「trable water(荒れた海)」とは、まさにそのような社会状況を表現していて、ポールサイモンは不安や閉塞感を感じている人々を励ましたいと考えたのです。
 この曲は、愛する人へ向けたラブソングという捉え方だけではなく、このように友人や世界中の人々への励ましソング、さらに言えば、ゴスペルから着想を得たそのままに神様からの無条件の愛を歌った曲と感じることも出来て、曲調でも表現している通り、本当に壮大な曲であると言えます。そういえば、ビートルズも当時「Let it be」という励ましソングを作って、大ヒットしましたね。やはりみんな励ましを求めていた時代だったのでしょうか。

(3番の歌詞)
Sail on Silver Girl,
Sail on by
Your time has come to shine
All your dreams are on their way
See how they shine
If you need a friend
I'm sailing right behind
Like a bridge over troubled water
I will ease your mind
Like a bridge over troubled water
I will ease your mind

漕ぎ出せ 銀色の乙女よ
君が輝くべき時が来ているんだ
君の全ての夢が今叶う
さあ いかに輝いているか見てごらん!
友が必要だっていうなら
後ろを振り返ってごらん すぐ後ろ
僕がついてきているだろう
荒れた海のかかる橋のように
僕が君を安心させてあげる
そう 荒れた海のかかる橋のように
君はもう大丈夫って思わせてあげる

 この3番の歌詞は当初は無く、後から付け加えられたそうで、1番や2番に無かった未来への希望を歌にしています。この歌詞の意味から「明日に架ける橋」という邦題がつけられました。
 この頃流行ったアメリカンニューシネマという映画のジャンルにも、「俺たちに明日はない(1967年)」だとか「明日に向かって撃て(1969年)」など「明日」という言葉を使った邦題の映画があり、大ヒットしました。アメリカンニューシネマは社会や体制に対する不満を抱いた若者、または社会から逃避するように刹那的な生き方をする若者を描いたものが多く、抗しがたい権力や出口の見えない社会問題を目前にして立ち往生する人々の心情を、ドキュメンタリー的表現を用いて描写しました。閉塞感が社会を覆い尽くす時代。「明日」という言葉が曲や映画のタイトルに多用されたのも、そんな時代性があったからなのでしょう。ちなみにサイモンとガーファンクルが主題歌を担当した「卒業(1967年)」もアメリカンニューシネマを代表する映画です。

 これを書いてる2020年4月現在、新型コロナウイルスの感染拡大により、世界中の人々は、まさに「明日」が見えない不安な状況下にいます。感染拡大を食い止めるため、ステイホームを強いられ、閉塞感という言葉の通りに閉塞感を感じながら生きています。
 私たちトレジャーツリーもイベント出演はウイルスの収束までは出来ず、今年の秋に計画していた結成5周年記念単独ライブも中止という決断をしました。3密状態で行われるレッスンはもちろん出来る訳もなく、歌を歌わないゴスペルクワイアにならざるを得ない状況で、それはまるで山に登らない山岳部のようです。
 だがしかし、少しでも自宅で各人が出来る事はないかと考え、陽子先生にレッスン動画の撮影をお願いし、その配信をスタートさせました。曲は、どうせやるなら新曲をと思い、先月にメンバーみんなの投票で決めた「Bridge over troubled water(明日に架ける橋)」をお願いしました。陽子さんもこの試みにノリノリで、とても素晴らしいレッスン動画を作っていただき、先日にはZoomを使ってそのレッスン動画に関する質問タイムにも対応していただきました。

 明日に架ける橋が発表された1970年から50年経った現在、その時と質は違えど世界は不安と閉塞感に包まれています。50年前の発表から人々に励ましを与え続けてきた「明日に架ける橋」。今のトレジャーツリーにとっても、希望の曲となりました。
 現在は登っていないけれど、次の山に登る準備をしている山岳部のように、いつかみんなでまた集まって歌える時、ステージに立てる時のために、しっかりと自宅で練習していきたいと思います。

TREASURE TREE

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